真っ暗闇の立方体  Thelonious Monk - Chordially

今でも裸体モデルの仕事を時折している。
デッサン塾のような学校でかれこれ20年以上。
教室の真ん中にソファベッドが置かれ、
そこで寝ポーズ10分、ベッドの前で立ちポーズ10分、5分休憩、
というループが3回、そして30分の珈琲ブレイクを挟み、
あと3回のループをラウンドアバウトモーニングorアフタヌーンorナイトして1授業イズオーヴァー
そんな仕事
問題は5分休憩の時間だ。
裸体でポーズをとっていることそのものはなんの異常性も見当たらない至って真っ当な社会的行為だ。
その間の私はヒトではなく、マネキン。
それでいいのだ。
だが、キッチンタイマーが短い休憩の時間が来たことを告げると、その時にこそ私に緊張感が訪れる。
その5分間は人間として生徒諸君から観察されてしまう可能性が濃厚なのだ。
なるたけ情報は与えたくない。
何かを羽織るとかズボンをはくとか、私の場合そのアクション自体が照れてしまう絵だからして、
ヒトとして認知されてしまう図であるからして、そこは省く。
冬も夏もすっぽんぽんだ。
冬なんか寒いけどねー。堪える。
なるべくジッとしているのには本を読むのがよい。
なるたけ情報を与えたくないので読む本はベットの下にササっと隠す。
カバーは外し、
それはシンプルな、それこそ裸のようにつるっつるな装丁のものがよく、
中には絵や太字や写真が少ないものがベストだ。
それでいて5分の時を忘れられるものがいい。
私の定番はマイルスデイビスの自叙伝の文庫版上巻だ。
上の全ての条件を満たし(各章頭のマイルスの写真だけは開かないように注意)、かつテキトーに開いたどこを読んでも面白い。
それでも好きなところは狙って探してしまうもので、
大抵開くのは、ギルエバンスのアパートでギルやジェリーマリガン達と熱く音楽的ディスカッションをしたりしてた「クールの誕生」収録の
曲を構築してる頃か
ビルエバンスとラヴェルを研究したりしてた「カインドオブブルー」前夜の頃か
そして一番お気に入りのエピソードページはセロニアスモンクに色んな事を教わった、、という箇所。
思うに、私はマイルスよりもモンクについての情報に餓えている。
モンクはただの奇人変人ではない。
知的で独創的な努力家なはずなのだ。
それを裏付けてくれる発言がそこに載ってるからこそ何度も何度も目に入れたくなってしまう。
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私が初めて聴いたモンクのアルバムはモンク最後のアルバム「ロンドンコレクション」123。
まだギンギンのロック小僧だった二十歳くらいの頃
ジャズはチェックはするがバカにしていた時期に図書館で借りてカセットテープにダビングして
帰郷時にその3本だけ持ってカセットウォークマンで何度も何度も聴いてるうちに各曲ととても親密になれた気がした。
おそらく70年代唯一の録音で、ソロとトリオないまぜのリラックスしたモンクレパートリー集大成シリーズだが、あまり名盤扱いされてないようだ。
今はタイトル変えて1枚のCDになってるのかな。
私としてはやっぱりモンクの演奏こそが聴きものだから、サックスがいない音源っていうだけでポイント高い。
そしてドラムはアートブレイキーだ。
モンクとアートは妙に相性がいい。
それでなによりピアノの響きが他のアルバムにないクリアさでとてもとても良い。
そして極めつけ、上のこの動画曲『Chordially』の存在。
これはモンクとしては本意でないかもしれないモンクのウォーミングアップ演奏の隠し録音らしい。
たぶんこんなような、曲ならぬ演奏はモンクはいつでも弾けるし弾いていたんだろう。
しかし、
不思議な美しさを未聴の音楽に求める私にとってこれは最高の部類の音楽として聴くことが出来る。
宝物のような音源だ。
ジョビンが「真っ暗闇の立方体」と名付けた領域に響く通奏音があるとしたらば、こんな音ではないだろうかな?
と思う。