SWANNY『饗宴』とヴィニシウス『オルフェウ・ダ・コンセイサオン』

フランスの映画監督がブラジルで撮影した1959年の映画『黒いオルフェ』の全編をYouTubeで小さい画面のまま、我慢しながら見た。
小さい画面で見ることが苦痛だったのじゃあない。
中身がピンとこなすぎて鑑賞を維持することが苦痛だった。
字幕なしだったからというわけでもないと思う。
モテモテの主人公男オルフェの数いる女の中の新お相手が意味不明に覆面の男に殺され、
異常に深刻に嘆き悲しむオルフェ。
遺体を持ち出して女達のいる丘を抱っこしてのぼっていたら女に石ころ投げられてそのまま転倒死。
それでもオルフェのギターをかきならしてちびっ子3人が能天気に歌い踊る。。

なんじゃそりゃ?
人物描写に力がなく、感情に理由がみつけられない。
なのにイタコシーンだけは無闇に不気味だったりして。
いいとこは画面の中の人らの本気のダンスっぷり(特にラストの少女の切れ味鋭い舞い)。
監督の目的が当時のリオのカーニバルの雰囲気を伝えることだったなら
まあまあ目的は達成してるかもしれない。
だけどそんな妙なドラマ混じりだから全体的になんだかなーな映画でした。
ヴィニシウス・ジ・モライスのオリジナルの戯曲とは別物であると思いたい。
アントニオ・カルロス・ジョビンの真のディスコグラフィでは
ジョビン名義のデビュー作は63年の『THE COMPOSER OF DESAFINADO PLAYS』ではなくて
56年の『オルフェウ・ダ・コンセイサオン』となっている。
そのアルバムと『星の王子様』と『ガブリエラ』のサントラ系以外のアルバムは揃えてるので早いとこ入手したい。
ブラジルでジョビンが有名になったのはそのヴィニシウスとの『オルフェウ・ダ・コンセイサオン』の共作からだし、
ジョビンの曲が世界的に聴かれた最初の曲が「フェリシダージ」で、それは『黒いオルフェ』の影響力によるものだったのだから
音楽の歴史にとってどっちのオルフェも重要なポジションにあるといえる。
映画としてはあまし面白いと思えない『黒いオルフェ』を我慢してまで最後まで見たのは
昨日OWKMJの武田さんに執拗にミテホシーミテホシーと、
僕が非常に緻密なDJプレイ中にうるさいくらい(ごめんなさい*)言われたからである。
そしてなぜだか最後に心ずけのおこずかいまでくれたものだから見なきゃならん責任が生じたのでした。
次回武田さんとオルフェ話をするのが楽しみだ。
武田さんがっかりするかなあ?
自称ラテン系だから大丈夫だよね。
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もう3週間前だけども
千木良悠子さん作・演出による舞台 SWANNY『饗宴』を下北タウンホールで見た。
妖精役で出演していた坂田有妃子さんが誘ってくれたので出不精の僕がその傑作なお芝居を目撃することができた。
「愛とは何か」がテーマのギリシャの古典文学『饗宴』を
現代の下北沢の劇団員の一夜の飲み会とギリシャの哲人たちの紀元前5世紀の祝賀晩餐会が交互にリンクしながら
古めかしい言葉の様式と現代のリアルなギャグでパラレルに踊る?
っていうような内容。
優美で甘美な劇中舞踏曲を生演奏したのは、石橋英子とジムオルークと波多野敦子と山本達久と須藤俊明。
つまり、もう死んだひとたち のひとたち。
むちゃくちゃ面白かった。
黒いオルフェ』よりもヴィニシウスの『オルフェウ・ダ・コンセイサオン』に近いのは圧倒的に
SWANNYによる『饗宴』でしょう。きっと。
ギリシャ神話を現代に置き換えてっていう面とギリシャ古典と現代劇が交差するっていう設定もかなり近いものあるし、
「愛」がテーマだし。
その深ーいテーマを笑いたっぷりに優雅に美しく魅せてくれた『饗宴』は逆に現代舞台の古典になってほしいような素晴らしさでした。